dazai

太宰のゆるゆる生活日記

わたしが太宰を名乗る理由

 

 

 私は太宰と申します。ツイッター名も、ポケモンのプレーヤー名も、ショッピングサイトのニックネームも、すべて「太宰」で登録してます。

 

 「太宰ってことは、もしかして太宰治が好きなんですか?」と聞いてくる人が多いのですが、その度に私は「太宰春台の可能性も考えましたか?」と問いたくなります。まあ、太宰治の方で合っているので、いちいち突っかかったりはしていません。

 

 偽名と言われれば偽名でございます。が、「太宰治」の名も、これまた偽名なのです。彼の本当の名前は、津島修治。青森県は金木町に生まれた、作家であります。

 

 私も同じく青森県は金木町に生まれ、育ちました。今の子どもたちなら中2で学習する『走れメロス』を、小6の時点で学ばされました。しかもほぼ自力です。本を渡され、読んで感想を書いてみろという、所謂読書感想文を書き上げるという義務教育と地域学習のコラボレーションによって、地元が生んだ大スターと、私は出会うことになるのです。

 

 しかし若すぎたのか、当時の私には太宰の良さが全くわかりませんでした。『走れメロス』以外の作品を読んでみようだなんて気持ちも全く起こりませんでしたし、なんなら同じ地元が生んだ大スター、吉幾三の方がスターらしいスターなんじゃないかとも思っていました。

 

 あ、今でも勿論思ってますよ。吉幾三のおかげで、私は自己紹介の時にひとネタさせてもらってます。心の底から尊敬してます。感謝、感謝です。

 

 吉幾三への思いを語り始めたら止まらなそうなので、切り上げて次に進みます。

 

 大学進学のために、私は故郷金木町を離れ、横浜に出てきました。初めましての方々に自己紹介を人にする機会も増え、周りの話す標準語を真似ながら、なんとか浮かないようにと繕いました。

 

 しかし、会話に花が咲くのは「青森県出身」と「吉幾三の『俺ら東京さ行ぐだ!』の、あの村出身」というネタ、そして「方言が面白いね」という地元ネタばかり。

 

 さりげなく吉幾三が出てきてしまいましたが、気にしないでください。続けます。

 

 自分のアイデンティティ青森県は金木町にしか既存していないのではないかという不安に、毎夜毎夜駆られていました。

 

 青森が恋しい、帰りたい訛りたい......

 

 そんな時に再会したのが、かの文豪太宰治でございます。書店で『津軽』という、薄い文庫が目に留まりました。手に取りパラパラめくってみると、私が暮らした青森県の爽やかな稲穂の匂いが、優しく香って私を包み込んでいくような錯覚に駆られました。読んでて心地の良い文のリズム、愛するが故に故郷を皮肉ってみせる洒落たセンス...。その場で、私は太宰に惚れ込みました。

 

 それから、出生地の他に、私と太宰にはいくつかの共通点があることを知りました。親兄弟が優秀で家柄が良かったこと。それに対してコンプレックスを抱いていたこと。闇深いが笑いをとても愛していたこと。お洒落に気を配って空回りしたこと。ちょっとナルシストなところ。大学進学で上京したこと。新聞社を受けたが落ちたこと。作家を志したこと。死にたいと思っていたこと。青森県を愛していたこと。

 

 私が太宰治に親近感を持つのに、そんなに時間はかかりませんでした。辛いことがあったら太宰治の作品を読み、太宰も辛かったんだよなと悲しみに寄り添ってもらい、かと思えばクスッと笑える文章で、いつも暗闇から救ってもらいました。

 

 そうして私は、かの文豪太宰治への尊敬の意を込めて「太宰」を名乗ることにいたしました。これからもきっと、私は「太宰」と名乗り続けて行くことでしょう。余談ですが、いつか三鷹に越したいと思っております。登山をするとなったらうん十万もかけて登山道具を一式揃えちゃうくらいには、形から入る人間なのでね。(登山をしたのはその一回っきりとなりました)