dazai

太宰のゆるゆる生活日記

もう、文系って言うことにした。

 

 

 「文系?理系?それとも体育会系?」

 

 この手の質問を受けると、私はいつも非常に回答に困ってしまう。

 

 今現在の私で考えてみると「文系」と答えておくのがおそらく無難だ。教育学部の国語科専攻であり、また、来年度から出版社に入社することを踏まえれば、人は皆、私を「ド文系」だと思うであろう。

 

 しかし私は、書くことは好きであっても、本を読んだり話したりすることは存外苦手である。人の書いた文章は、殆どまともに読めた試しがない。どうしても、途中で飽きてしまう。また滑舌が非常に悪く、口下手なことも相まって、うまくおしゃべりすることが出来ない。そのため、国語の成績は4の常連であった。

 

 また、中学までの私は、数学・理科が得意であった。好きか嫌いかでいえば断然社会の方が好きだったが、「好きこそ物の上手なれ」のことわざを信じなくなるくらいには、数学・理科の方が圧倒的に出来た。小学生の時には算数で全国1位を取ったこともあり、周りからも理系女になると期待されて育ってきた。そのため、高校受験では数学・理科の試験の得点が×1.5倍で計算される理数科を受験することにした。そして得意科目なこともあり、私は見事合格する。が、そこからが悲劇の始まりだった。

 

 高校の数学、そして理科が細分化された物理、化学、生物が全くわからず、私は周りについていけなかった。理数科ということもあり、クラスメイトは数学・理科が得意な人達の集まりなので、私の出来なさ加減は余計に目立った。理系科目については、センター試験で受験できるのが3つのうち2つのみだったので、必修の化学はさておき3年進学次に、物理か生物、どちらを受験で使うかの選択を強いられた。その選択した科目の授業に参加するというシステムだ。

 

 正直まじでどっちも出来なかったから、教えてくれる先生で決めようと、適当に考えていた。しかし物理の先生に「太宰は、どっちを選ぶんだ?」と聞かれ、「いやあ、迷ってて...」と言いかけたところ、「まさかこの点数取っといて物理はねぇよな?」と、脅しとも言えよう圧力をかけられてしまったので、萎縮した私は泣く泣く生物選択をすることにした。その後、生物の先生にも「え?太宰は絶対物理なんだと思ってた。まじか」と焦られる始末。「改心しますから。何卒」と、なんとか生物の先生を宥めて選択許可を得たものの、私の成績が挽回することは、結局無かった。

 

 そんな私の、高校で一度も4を取ったことがない科目は、何を隠そう保健・体育である。 保健に関しては、まあまあまあ。言わずもがな。察していただけるであろう。そうゆうことだ。関心・意欲は十分!知識もバッチリであった。

 

 人からはよく「のんびり屋」「どんくさそう」と言われたりするので、あまり運動しているイメージをもたれないのだと思う。運動をするのが好きか嫌いかで言ったら嫌いで、得意か不得意かで言ったら得意である。 神はまあ、余計な能力をさずけた。体力テストでは3年間Aを取って賞状をもらった。また毎年行われる競技大会では、自分のクラスに女子が少なかったこともあり、通常ひとり2〜3種目で良いところを、異例の9種目出場で3年間やり通してみせた。ドッジボールで最後に残るのは大体私であったため、各クラスから「太宰を先に殺っちまえ!」等というバイオレンスな叫びが飛び交っていたことを、私は今でも鮮明に覚えている。疲れるのでさっさと当たって外野に行きたいと内心思っていたが、クラス対抗のものなのでと、苦しいながらに頑張って耐えていたものだ。

 

 こうして見ると、なんて自分は中途半端な人間なのだろう。だんだん自信が無くなってきた。こうなったら、昔、占い師に言われたことを参考にしてみよう。

 

 そう思った私は、おもむろに押し入れの中から日記を発掘し、パラパラとめくってみた。そして、2年ほど前の、手相占い師に言われたことを覚えている限りメモしておいたページに行き着いた。

 

 「芸術系の才能に長けていますが、文系でもあり理系でもある。バランス人間です」

 

 ……なんかもう、なんでもいいや。とりあえず「文系」って言っておこう。そうしよう。そう思った。

 

 手持ち無沙汰であったので、試しに絵を書いてみた。しかしどう見ても、なかなかにド下手くそだ。どうしてもドラえもんにならない。

 

 手相は一切無視。私は、自分自身の才能を見限ることにした。