dazai

太宰のゆるゆる生活日記

【創作小説】ホタルブクロ 1

 

 「ねえ知ってた?太宰ってペンネームらしいよ」海堂が勝手に俺の本を手に取って、今しがた得た知識をひけらかす。

 「まじか」「確かにかっこよすぎるよな太宰って名前」スマホをいじりながら小藪と猪狩が答えた。

 「文豪って大体かっこいい名前してね?平凡な名前の文豪はそんなにいねえよ」

  海堂よ、お前は文豪の名前をそんなに知っているのか。

 「ん、お前そんなに文豪詳しいの?」小藪が俺の心の声を代弁してくれた。

 「いや、全く。そこはやっぱり青木が専門だろ」海堂が俺に雑なパスを投げて来た。

 「いやいや、俺もそこまで詳しくないぞ。嗜むのは太宰作品ばかりだ」

 「よ!オサムニスト青木」

 「うまくねえんだよ馬鹿。お前も太宰読んでセンス磨け」

 「大丈夫、俺のバイブルは銀魂だ。他は必要無い」

 「銀魂はいいよな…」

 「うん、俺たちにたくさんのことを銀魂は教えてくれた…」

 「...せやな」俺も思わず同意を示してしまった。

 

大学の近くの、小さな路地の奥のところ。日は当たらず、絶対営業してないだろうと思わしきこの風貌の箱こそが、俺たちの入り浸る純喫茶『ホタルブクロ』である。日陰者の俺にはぴったりの穴場スポットだ。客が10人も入らないくらいの小さな店だが、狭いくらいが俺は落ち着いた。店の名前が変なところもそうであるが、純喫茶と言いながら生姜焼き定食が抜群に美味かったりするところ、その料理の過程で親父さんがビール瓶片手にほろ酔いで作っちゃうところ、俺たち以外に全く客が来ないところも、俺のツボである。

 ちょっと前までは俺ひとりで本を読んだり、親父とテレビに映る政治家に野次を飛ばすことしかしていなかったのに、いつの間にか海堂、小藪、猪狩も一緒になってテレビに向かって中指を立てていた。まじでこいつらはいつ、どこから湧いてきたのだろうか。

 

     💡💡💡💡

 

 「でさ文豪の話に戻るんだけど、みんなどれくらい知ってるもんなの」海堂が蒸し返す。

 「夏目漱石、芥川…う〜ん、言われてみればあんまり出てこないね」小藪が苦しみ出す。

 「今まで国語の授業でどんなの読んで来たか思い出してみ」俺が助け舟を出す。

 「わかった!李徴だ!トラに変身するやつだ!!」猪狩が興奮気味に俺たちに訴えかける。

 「お!『山月記』か!懐かしい!」海堂は、記憶力が良い男であった。

 「え?どんなんだっけ」小藪は記憶に無いらしい。

 「まじか小藪、記憶障害か。ちょっとそこで見とけ」猪狩が小藪に声をかけると、海堂と猪狩の即興芝居が始まった。

 「そっ、その声は、我が友、李徴子ではないか…!?」

 「ぐずっ…うっ…いかにもわたしが李徴である。往年の自尊心をズタボロに傷つけられたポエマー、李徴である…」

 おい、ポエマーてなんだ。恋する気持ちを140字に載せちゃう女子高生か。

 「あーーー!思い出した!!俺もそうやってみんなで真似して遊んでたわ!」どうやら小藪は無事、過去の記憶を取り戻したらしい。おめでとう。

 「やっぱり?誰しもが通る道だよな!」猪狩がトラのポーズで喜んでいる。そのまま森にでもかえってしまえ、うるせえ。

 台詞の正確さはともかくとして、確かに休み時間に学友と『山月記』コントにのめり込んでいたであろうと思われるクオリティではあった。

 

 「ということで中島敦、これで文豪三人目だな」

 「なあでも中島敦は普通じゃね、中島なんてその辺にもいるわ」

 「敦もどこにでもいるよな。俺らの名前の方が珍しくね?」

 「海堂、小藪、猪狩、青木…。まあ、青木は普通か」

 「確かに!わはは!」

 「うるせえ、ほっとけ」全く失礼な奴らである。

 

 そうなのだ。俺以外の三人は、みんなキラキラしているのだ。海堂はその端整なルックスから学内に留まらず女子から絶大な人気を誇っており、小藪も小藪で控えめながらも優しく爽やかな対応が女子からの人気を呼んだ。猪狩はアホの子であるがクラスの誰からも好かれていて、いつも三人はみんなの輪の中にいた。なぜ大学では浮いた存在の俺なんかと、こんな汚いジメジメした場所でこいつらがたむろって居るのか。時折我に返って思い出そうと試みるものの、いつもこいつらのペースに巻き込まれ、結局有耶無耶にされてしまうのだった。