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太宰のゆるゆる生活日記

太宰治『燈籠』感想

 

太宰の作品の特徴の一つとしてよく挙げられるのが女性の語り口調で物語が進行していく「女性独白体」という技法なのですが、それが彼の作品の中で初めて用いられたのがこの『燈籠』なのだそうです。文庫サイズにして10ページ程の短編でございます。

 

語りの主は、貧しい下駄屋の一人娘さき子(24歳)。物語は「言えば言うほど、人は私を信じて呉れません。」の一文から始まり、「もう、どこへも行きたくなりました。」等と言うネガティブ展開。どうした、お前の身に一体何が起こったのだ。と、胸がザワザワしていく最中、インパクト十分なこの一言が目に飛び込む。ー「盗みをいたしました。」

 

『燈籠』の大体の内容

さき子は自分より5歳年下の商業高校生水野に恋をする。ある夜、水野が友達と海に行くのに打ちしおれていたのを見かね、さき子は盗みをはたらく。男の海水着を一枚盗むのだ。捕まり、交番へ連れていかれたさき子は自分は悪くないと、必死の弁解を試みる。精神病者と思われる程の必死さには、おまわりさんもびっくりである。その後、無事親元へと返して貰えたさき子であったが、夕刊に「万引きにも三分の理、変質の左翼少女滔々と美辞麗句」という見出しで、自分の記事が載ってしまう。さらに追い討ちをかけるように、水野から読後かならず焼却のことと書かれた手紙を貰う。

 

燈籠どころか闇を感じる展開

燈籠要素はどこかと言えば、物語の最後の場面である。恋により、一時は家族より恋を優先し暴走してしまったさき子であったが、それでも家族団欒の風景には代わりない。6畳間の電球を明るいものに取りかえ、夕食をいただく光景に「私たちのしあわせは、所詮こんな、お部屋の電球を変えることくらいのものなのだ」と自分に言い聞かせる場面があるが、さき子のその心は決してわびしい訳ではなく、静かなよろこびが胸に込み上げていた。

 

「恋は盲目」

純粋に読後わたしが真っ先に思った感想がこちら。

ネガティブ感情待ったなし。さき子の恋が本当に典型的であったと思いますが、恋は誠に盲目です。しかもさき子と水野の馴れ初めは、互いに目を患って通っていた眼下の待合室から始まっています。「恋は盲目」のキャッチフレーズ、なかなかいけてるんじゃないんでしょうか(自画自賛)。しかも両者左目を患い、同じく眼帯をつけていた…。たまたまとはいえ、こんな偶然って...。これは確実にラブコメの神がフラグを立てにきているでしょう。ずるい。

 

なにより水野も水野である。「私(さき子)と一緒に散歩などをしているときだけが、たのしい」とか抜かしてくる…。控えめに言っても可愛すぎないか。これにはお姉様方は母性本能くすぐられちゃうでしょう。少なくともわたしは尽くしたくなっちゃいました。

 

まあわたしは年上派ですけど

ともあれ恋に夢中になりすぎて善悪の判断もつかなくなってしまうのは良くありません。総合的にみて、さき子が犯した罪は「悪」になってしまいます。法に触れてしまえば一発アウトです。初読、水野の手紙を読んでいてわたしは「水野てめえ」の思いでいっぱいでしたが、何度か読み返して咀嚼するうちに、水野があそこでさき子を突き放し、目覚めさせてくれたことは結果的に良かったのだと思うようになりました。

 

周囲からの冷ややかな視線に屈することなく、さき子一家が家族団欒の燈籠を灯し続けていけますようにと願わんばかりです。

 

今は両親が自分の家族でいてくれているさき子ですが、いずれ結婚をして、新たな家族を作る時がきっと来ます。その時には盲目になりすぎず、でもその母性溢れる優しさは残しつつ、素敵な人と結ばれてほしいものです。わたしも人のこと言えませんが...。

 

『燈籠』を読んでみたくなったという方は、青空文庫のサイトに本文が載っているので、こちらのリンクからどうぞ。太宰治 燈籠

 

また、書籍では『きりぎりす』という短編集に『燈籠』も収録されていますので、お手に取りたい方はこちらのリンクからどうぞ。大抵書店にも、文庫の新潮社さんの棚に置いてあるはずです。きりぎりす (新潮文庫) | 太宰 治 |本 | 通販 | Amazon