dazai

ゴッホより普通にアジカンが好っき〜い!

姿が見えない

 

自分自身が不慮の事故で死んでしまったという事実に気付かず、生前同様普段通りに生活するものの、ふと鏡の前に立って見たら自分の姿が映っておらず、そこで初めて自分の身に何が起きたのかを把握しちゃうような、そんなお話、あるあるですよね。

 

先程、駅にてエスカレーターを下っている最中、前方に広告看板を見つけまして、それが反射するような素材だったものですから、身なりに自信のないわたしはナルシストと勘違いされるリスクを背負いつつ、広告看板の前を通り過ぎる時に身なりをチェックをしてやろうと、広告看板の前の通過を待ちました。

 

巻いた髪の毛は湿気に負けていないか。ズボンの丈はこれであってるものか。高鳴る鼓動と降るエスカレーター。テカる広告看板は、もうすぐ目の前。

 

通り過ぎた。が、わたしの姿が見当たりません。

 

そんなはずは無いとわたしも思いたい。しかし、本当に見えなかったのです。前に立っていた2人組のギャルは映っていたし、反対から昇ってくるおじさんの残念な頭頂部までくっきりはっきりと、その広告看板には映っていました。

 

怖い。もしかしたら自分はいつの間にかこの世のものでは無くなっていたのか。恐怖に耐えかねてわたしはこの滞っていたブログの更新へと踏み切った次第であります。電車でパチパチとキーボードを叩いているわたしを疎ましいような目で見てくる乗客もいることなので、安堵感はグングン上昇中です。もっとわたしを見てほしい。存在証明は、あなたの視線です。

 

しかしながらあの不思議な出来事は何だったのでしょう。今は液晶画面に自分の姿をはっきりととらえられていますし、反射する電車の窓にも不細工なわたしを確認しました。

 

単に存在感が無さすぎたが故の現象ではないかしらん。と、自虐的結論に落ち着くことでしか、心の平穏は保てないと思うので、そうさせていただこうと思います。それとも本当にただの目の不調かしらん。自分の身体のことでさえも、不思議でいっぱい。

 

メタファー

 

 

 

 

 昔このような形をした消臭元が販売していたと思うのだが、みなさん覚えているだろうか。中に仕込まれているスポンジがトイレの不快な匂いを吸収し、液体を吸い上げてはその芳醇な香りを空間に放ってくれる。匂いが薄くなったら先端部分を握り、中に押し込め、しゃばしゃばするとまた潤い香ってくれる仕様だ。

 

 この出で立ち。何かに似ていないだろうか。

 

 よく見てほしい。

 

 これはトイレで使う、消臭元だ…。

 

 男性陣、トイレであるものを出すであろう…。ボロンと……!

 

 どうかしら。これくらいではまだ気付かない人もいるだろうか。

 

 

 

 もう一度貼っておこう。どうだ。よく見てほしい。

 

 

 ち○こではないか?いかがだろう。もうしびれを切らして言ってしまったが、もしかしたらこれはちん○ではないか?完全にちん○である。

 

 一旦これがち○こだと疑ってしまえば、もう引き返すことはできない。

 

 スポンジ部分が乾いたら、中に戻してしゃばしゃばする。入れたり出したりしながら、スポンジ部分に潤いを与えていく。しゃばしゃば、しゃばしゃば…。

 

 仕組みからしてももうち○こである。これは限りなく○んこである。考えた人は天才か。

 

 このことにもっと早くから気付いていれば、わたしはもっと充実した消臭元ライフをエンジョイしていたことであろう。だがしかし、残念ながらもうこの形をした消臭元は存在していない。

 

 大変失礼ながら「消臭元 ち○こ」で検索をかけてみると、ずいぶん前からこれがちん○そっくりであることに気付いている人が大勢いた。本当にドスケベな国民達である。

 

 きっとあまりにも世の中から○んこの疑いをかけらすぎて、企業側もこの形での販売続行は不可能と悟ったのであろう。栃木県の新ショウガミュージアムで販売していたショウガ型のペンライトが販売中止になったのも、同じくちん○のメタファーであると世間から囃し立てられたことが大きな理由であると予想する。

 

 確信犯だったのか。単に深層心理が彼らを突き動かしてしまっただけなのだろうか。もはや我々消費者には知る由もない。

 

 とりあえずわたしは面白ければそれでよいと思っているので、今後も画期的なデザインを心待ちにしております。

 

 

エロへの目覚め

 

 

  わたしはスケベだ。女のくせにと思われるかもしれないが、昔からエロいことには並々ならぬ関心があった。エロへの目覚めはわたしが幼稚園児だった頃、親戚のお姉ちゃんの影響を受け、一足遅れてハマったセーラームーンがきっかけであった。主人公うさぎちゃんのスカートがめくれ、パンツが見える場面。わたしは相当興奮したのか、親の目を盗んではそのシーンばかりを何度も巻き戻してみていた。今思えば、これが恥ずべきことなのだと幼心に理解はしていたのであろう。しかしテープが擦り切れるほどみていた。実際、本当にテープが破損した。我ながら、何とも賢くも馬鹿で、スケベな餓鬼である。

 

 うさぎちゃんをきっかけに、わたしはちょっとえっちな描写のあるアニメや漫画を小学生になる前から嗜むようになっていった。親も忙しかったためアニメや漫画の内容までチェックしてくることはなく「あれが見たい」「これ面白そう」とねだりさえすれば何でも提供してくれた。ただ一度、小学生の時に見ていたアニメでがっつり濡れ場のシーンが入っていた時には喘ぎ声がリアルすぎて、さすがに親も気づいた。「あっ、お父さん間違えて録画しちゃったね。ごめんね」と慌ててデータを削除していたが、「それわたしが頼んだやつなんだけど」と内心めちゃくちゃ拗ねていたことは今でも鮮明に覚えている。

 

 我が家は性に対して免疫のない方々ばかりである。キスシーンになると誰かの通夜帰りかのような重苦しい雰囲気になるし、お笑い番組我が家坪倉「おれのジャンボジェット」とか「おれの東京タワー」と口にするだけで、我が太宰家の雰囲気は死刑囚を裁く最高裁の緊迫感を彷彿とさせるような空気へと激変した。

 

 エロに関心があってもまだ赤ちゃんができる仕組みを理解しきっていなかった小学校中学年の時。ビートたけしの家庭の医学において妊娠・出産特集をしていたのを家族で見ていたわたしがふいに「赤ちゃんってどうやってできるの?」と無邪気なこども典型のメジャーリーガー級ドストレートな質問を、一家団欒の場にぶち込んだ。すると養護教諭の母親がすかさず「お父さんとお母さんがあっはんうっふんするとできるの」と教えてくれた。しかしながら、さすがの当時のわたしも「あっはんうっふん」の響きに何やらこれ以上詮索はするなと言いたげな空気を感じ、それ以上の言及は避けた。つうか「あっはんうっふん」てなんだ。養護教諭の説得力の欠片ゼロかよ、逆に恥ずかしい。

 

 まわりの友達のお父さんは、よくエロ本やAVを持っていたそうだ。しかしわたしの父にはその気が全くなかった。まあ最近になって初めて、父のPCのごみ箱フォルダからエロ動画が発見されるという未告発事件が起こったものの、それまでは余程見られるのが恥ずかしかったのか完璧に隠しきっていた。

 

 ここでチェリー暦長めの兄の話をしようとしたが、このままでは家族のピュアさを嘲笑う回になってしまいそうなので、ここらで早々に切り上げよう。

 

 家族はこんなにもエロを出さずにきたのに、わたしはすくすくとスケベな餓鬼に育った。反抗期は幾度とあったが、中でも長期的で大罪的はものはエロを獲得してしまった幼児期にあたるのかもしれない。いやしかし、エロは良い。

 

 下ネタで笑いが起こる。性知識を身につけておけば、いざ殿方と致すとなっても協力体制を築けるであろう。ムカムカする時にはかわいい女の子の漫画やアニメ、ゲームで萌えと癒しを与えてもらい、AVを見て演技の仕方を学んでおく。

 

 女だからといってこれらのコンテンツを利用してはいけないなんてことはないと、わたしは声を大にして言いたい。というかぶっちゃけ自己申告する機会がないだけで、女の子もみんな何かしらのエロコンテンツを利用していると思っている。決して悪いことではない。我々人間は、男女がエロいことをしてできた産物だ。

 

 高校生の時、日本史の授業でこんな話を聞いた。

 

 イザナギイザナミという、ふたりの神が地上へ派遣された。或る時互いの体を見て、体のつくりの違いに関心を持った。一方にはあって、一方には無い。同じ神だというのに、何とも不思議だ。ここはひとつ、イザナギについてある余計なでっぱりを、イザナミのへこんでいるところに突っ込んでみよう。それじゃあいくよ。せーの...。こうして国が生まれたのであった。

 

 語り終えた後、日本史の先生が「よくこんなしょうもないことで日本を作ってくれたよな」と吐き捨てたことはごもっともであった。

 

 わたしはスケベだ(2回目)。包み隠さず公言しよう。よく仲を深めた人々からわたしは「変態」と呼ばれることになりがちなのだが、否定することは決してない。自ら名乗ろう、どうも変態です。特技は妄想です。今後とも、どうぞよろしくお願いします。

 

 

人間はどのような育ち方をする動物か

 

 

 部屋からどこの誰が書いたかはわからない短い論作文を見つけ、さっと目を通す。そこには人類の進化、文明の発展に伴って失われた「人と人とのつきあいかたを学ぶこと」についての筆者の見解が、教育学的に述べられていた。

 

 要するに、人間は集団の中で他者を真似ることを通して人と人との関わり方を学び成長していく動物であり、限定された家族や自分と同じ歳の人間の集団の中でしか生活することのない現代社会においてそれを学んでいくことは、困難を極めるということである。そこで現状打破するために「道徳教育が大事だ」と言われるようになり、道徳に力をいれていこうという風潮になっているということが書かれている。

 

 教科化が決まった道徳教育は、これから大勢の教育者によってさまざまな授業モデルが作られていくことであろう。教科書会社もこぞって素敵な作品を、心に響く物語を選定してくれているに違いない。しかしたかが閉ざされた空間での机上の学びで、馴染みのある大人による教壇からの訴えで、果たして子供たちの心は豊かに色づいてくれるのであろうか。単色で終わってしまわないであろうか。本当に、道徳教育だけが救いの一手になるのだろうか―。論作文の最期の一文には、こう書かれている。

 

 しかし、これは本来は道徳の問題ではないのである。

 

 結局、今の社会制度や学級制度が変わらない限り、力を入れた道徳教育を施したところで無意味であるということを、筆者は主張したかったのだ。わたしもこの意見には大いに賛成である。

 

 俳優、音楽家、文筆家とマルチな才能で活躍している星野源。わたしは彼の大ファンである。そんな彼がレギュラー出演していたNHKバラエティ「LIFE!~人生に捧げるコント~」の中の「LIFE! ANSWER」における「Q.あなたの人生を、漢字一文字で表してください」との問いに対し、以下の回答をしていて、わたしはその答えに非常に感動した。漢字については、堂々と「人」と答えた。以下、彼のコメントである。

 

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 本当にいろいろな人に助けともらったなという思いがいろいろありまして。普段の生活のことでもお仕事のことでも、人によって自分が変わったりとか成長したりとか、ある人に出会って耐えることができたとか、あと自分が倒れてしまったときにある人が助けてくれた、ある人が命を助けてくれた…。だから本当にあの、いろんな人の出会いで自分の人生の道みたいなのがわーっとこう、選択肢みたいなのがそこでわーっと増えて、その進んだ先である人と会って、またそこでわーっと広がってっていう、それの繰り返しだったなあという。もちろんそれが例えばすごく悲しい思い出だっりする出会いでも、それによって出会う人がまたいて、そこから何かこう今の仕事につながる出会いだったり、とにかくとにかく、人生のターニングポイントみたいなところにはいろんな人がいて…。

 

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 人に対する思いを熱く語ってくれた。彼は生死の境目をさまよった経験があるからこそ、こんな当たり前のようで誰もが気付くことができない人生の本質を、素直な気持ちで語ることができるのかもしれない。

 

 人は、人によって創られていくものである。ある一定の人間とだけ関わったり、同じ年の年齢の集団に属しているだけでは学ぶことのできない事柄は、たくさん存在する。家族との中を深めることも、同じレベルの同世代と力を合わせて成長していくことも勿論大切なことである。しかしその中にも、どうにかこうにか工夫をして、異なる環境に身を置く人との接点を設けていけるような取り組みをしていくことが、石器時代にうまく活きてきたシステムの再構築へとつながっていくのではないかと期待する。机上の道徳教育で人の心を学ぶよりまず、とにかくたくさんの人に出会わせよう。生涯人との関わりが大きな学びとなる、楽しいものなのだと知ってもらおう。そうして後世へと遺していこう。

 

 

人の名前を笑うな

 

 

 同じ名前の人物に出会ったことがない。病院で名前をすんなりと呼ばれることが少ない。新しく転任してきた先生が名簿を読み上げるときに困っている…。

 

  これらは変わった名前の人々あるあるとして堂々のラインナップをしてくるであろう項目たちである。

 

 わたしはこの全てに該当する名の持ち主である。字面もさることながら、名の響きもあまり聞かない。大学生になってやっと、はじめて同じ名前の人物に出会い互いを讃え合ったものではあるが、さすがに字までは合わなかった。

 

 まだエゴサーチ略してエゴサの概念を知らなかった若かりし頃、わたしは自分の名前を検索ワードに打ち込み、検索をかけてみた。するとたちまち全世界の自分と同じ名前の人物がずらりと出てきた。

 

 「めっちゃいるやん!!!」

 

 正直あがった。親が自慢げに「絶対お前の名前と字まで一緒の人なんかこの世に一人もいないよ」と宣言したとき100万円賭けときゃよかったと、わたしの中に眠るギャンブラーの血がざわつき、アドレナリンがムンムンと出た。

 

「おう、全国の我と同じ名を持つ人間どもは一体どんな人生を過ごしているんだい?おんおん!!!」

 

 不思議と自分と同じ名を持つ人々はパリピ感満載な人が多かった。見れば見る程、自分はこの名のカーストにおいては底辺を這いずっているのではないかという思いに苛まれ、憂鬱な気持ちになってしまった。その辺でやめときゃいいのに、自分はなんでこんな根暗陰キャなんだろうと悶々としながら懲りずに画面をスクロールしていくと、こんなYahoo!知恵袋のページを見つけてしまった。

 

 「この中でDQNネームだと思うのはどれですか?」

 

 可愛いながらも、まあ珍しいと思われる名前の羅列の中に、確かに自分の名前も挙がっていた。珍しい名前だと自覚はしていたが、DQNネームの疑いをかけられるに値する名であったとは思いもしていなかったので、驚いた。おそるおそる解答欄を読んでいく。

 

 「○○って名前かわいいじゃないですか」「○○はDQNかな」「○○は…」様々な見解の羅列。幸いわたしの名前に関してDQNという意見はひとつも出ていなかったが、反面DQNネームと言われる名前も多々挙がった。

 

 どうもわたしはDQNネームという括り方が好きではない。名前とは、それぞれの親が必死で悩んで考えてくれた、最高の愛の権化ではなかろうか。こんな人に育ってほしい、可愛い名前にしてあげたい、いい画数にしてあげたい…様々な親の、それぞれの思いが込められ、我々は今ある名を授かったのである。

 

 そんな名前をDQNネームだなんて言い放ってしまうのはあまりに乱暴で、ナンセンスだ。今ではキラキラネームだなんて言われ方をしているが、そちらも正直好ましくない。キラキラと言っておきながら、これは明らかな揶揄である。キラキラネームではない名前は何だというのか。平凡ネームとでも言えばいいのか。そんなわけはなかろう。

 

 珍しい名前は個性だ。世の中見慣れた名前ばかりでは味気ない。いつか「キラキラ」が揶揄ではなく賞賛の概念に塗り替えられてしまえと祈るばかりだ。なんなら加勢もいとわない。わたしはそんな思いも込めながら「自分の名前が大好き」だと主張し続けていく。

 

 自分の名前の由来を聞いたのは、小学生の時の学校の宿題がきっかけであった。親に命名エピソードをインタビューして来いというものである。わたしはそれを機に、嫌いだった名前が一変、大好きになったのであった。

 

 願いが叶って実りますように。…命名されたわたし自身も、切にそれを望む。(名前は好きに予想してください。公式発表はしません)

 

 

 

太宰貝塚ができるまで

 

 

 わたしは部屋が汚い。正直に言うと、床が見えている期間のほうが短いくらいだ。家族からは自室を「ゴミ屋敷」とよく馬鹿にされるが、すかさずわたしも「家全体が汚いわけじゃなく自室一点が汚いんだから、屋敷の表現はおかしい」と言い返す。そうしてなんだか虚しくなるというショートコントを何年にもわたって繰り返してきた。

 

 最近では障害を疑い始めている。ADHDの症状のひとつに「部屋が片つけられない」という症状があるらしい。その他症状にも諸々心当たりがあったため、わたしは今すぐにでも病院に行って「あなたの部屋が荒れている原因は、病気のせいなんです」と誤診でもいいから言ってもらいたいと強く思った。

 

 とにかくこの怠惰さを何かのせいにして罪悪感から逃れられたい。心底自分の中のけだるさは姑息だと思う。しかしながらけだるさのお陰でわたしは病院に行くことさえ現在叶っていない状況でもあるため、過ちを犯してしまう前のけだるさは抑止力にもなっているのであった。

 

 わたしの部屋が汚い理由は、単に物が捨てられないということにある。友人や生徒からもらったものは宝物のように大切にしまっておくし、好きな本はまた読み返すかもしれないから絶対に中古になんて売り飛ばしたりしない。学生時代に授業中でさえ開かなかった教科書さえも、たまに読み返して知識をつけられるだろうとバカみたいな理由を付けては取っておいてしまう。

 

 実際に読み返しているのは日本史の教科書と化学の資料集くらいである。森友学園の払い下げ事件の際にも、ぱらぱらと開拓使官有物払下げ事件」のページを開き、懐かしんだものだ。歴史は繰り返す。同じ過ちを繰り返さないため我々子孫は、先人たちの失態あるいは成功を学び、国をトラブルから回避させる義務がある。そんな大層な使命感と他者依存観念が、わたしの部屋の棚を歪ませる一番の要因なのだ。

 

 わたしは人へのプレゼントを選ぶのが苦手だが、プレゼントをすること自体は大好きだ。相手が喜ぶことをしたいし、一瞬でもいいから気持ちを高ぶらせてみせたい。お土産は勿論、何でもない時にでも物を買っては、自分の周りの人に貢いでしまう。

 

 苦手ながら、わたし自身はプレゼントすることに全力で挑んでいるため、なおさら他人からのプレゼントは捨てられないのだった。めちゃくちゃくだらない頭を掻くための曲がった棒や、年賀状でさえ取っておいてしまっている。正直使わない。「使わないものは捨てろ」ミニマリスト本にはうざったいほど書いているのでその通りに実行したいことは山々なのだが、やはりどうしても捨てられない。もしかしたら自分同様悩んで、選んで買ってくれたのかもしれないのだから...。悩ましいものである。

 

 このような葛藤を経て、わたしの他人へのプレゼントは消費品が多くなりがちになり、自身の部屋はますますとっ散らかっていくのであった。

 

 今では家族と話す機会も減ってきたため言葉には出されないものの、わたしが珍しく部屋を掃除すると「お、ゴミ屋敷から出るごみ袋の数は尋常じゃあねえなあ」的な視線を浴びる。「だから屋敷じゃ…」

 

 こうして歴史同様、ショートコントも繰り返される。機嫌を損ねたわたしは日本史の縄文時代貝塚のページを熟読し、またしても片付けの手が止まるのであった。

 

 

ポムポム

 

 

 「ポムポム」とは、アルバイト先の先輩2人とわたしを含めた3人のグループ名のことである。由来はもちろん、あの某プリン色の愛くるしいキャラクターから来ている。今からおよそ1年程前に、わたしたち「ポムポム」は話の流れからポムポムプリンカフェへ遊びに行くことになり、その際一斉に連絡を取り合えるようにと作ったLINEグループの名前が「ポムポム」である。この安直なネーミングはわたしの仕業であるが、未だに自分たちのことを指す際に「ポムポム」といって通じ合えているのだから、なかなかいい仕事をしたのではないかと我ながら自画自賛してしまう。

 

 その「ポムポム」のメンバーで、4月末パンケーキを食べに行く約束をしていた。先日メンバーのひとりが就職のためバイトを辞めてしまったが、職場の付き合いに留まらず一緒に遊んでくれる先輩がいることは、交友関係の狭い自分にとっては滅多にない幸福のように思う。

 

 しかしメンバーのひとりが他の人にも誘いをかけていたことが判明。今回は「ポムポム」+1の編成で遊びに行くこととなった。

 

 わたしは極悪非道な人間なのかもしれない。その話を聞いた瞬間、少し嫌だなと思ってしまった。自分の大切な空間を、勝手に侵された気持ちになったのだ。わたしにとって今や甘えられる先輩はそのふたりのみ。あとは同期1人にその他後輩という誰にも甘えられない環境。自分が1番先輩たちに可愛がってもらえていると思っていた。なのに、そこに別の人間が入ってきてしまった。パニックだった。+1はわたしの後輩である。先輩としての風格を損なわせないためにもわがままは押し殺し、後輩の参入を渋々受け入れた。

 

 しかし蓋を開けてみれば楽しかった。パンケーキは美味しかったし、「ゴマ団子食べたい!」と駄々をこねる先輩に引き連れられ、食べ歩きの旅に出たのも楽しかった。アツアツの小籠包の汁が飛散し、お口のあたりがべちょべちょになったのも面白かった。みなとみらい線5駅分を歩くのもあっという間に感じるくらい、本当に楽しかった。と同時に、ほんの少しの寂しさを感じた。楽しさを感じれば感じる程、やっぱり拗ねてしまっている頑固な自分がいることに気付かされた。

 

 解散した後、ひとりの先輩に買い物に誘われ、そのままふたりで桜木町に向かった。服をみたり、近しい母の日に向け雑貨屋さんで贈呈品を物色したり、映画館の前で今度この映画を一緒に見に行こうと約束をしたり。

 

 「またこのメンバーで遊びに来ましょうね」と、社交辞令風にわたしが言うと、先輩は「いや」と言った。続けて「ポムポムで遊びに行きたい」とも言った。

 

 もうひとりの先輩がその場の流れで他の人を誘ってしまい、本日の状況に至ってしまったということ。先輩も本当はポムポムだけで遊びに行きたかったけど、言い出せなかったということを教えてくれた。心から素直に「わたしも」の言葉が出た。なんだ。先輩も極悪非道じゃないか。にやにやが止まらなかった。

 

 「次はポムポムで映画に行きましょうよ」と先輩に話を持ち掛けると、「もうひとりは今回の件をややこしくした張本人だから一回休み。ふたりで行こう」とバッサリ言い放った。同じくわたしも極悪非道な人間なので、反論せず「ですね」と同調したのだった。