dazai

太宰のゆるゆる生活日記

ルールに順が正義

 

 駅のホームで電車を待っていた。車両のドアの目印が足元にある。私はその線を目印に、一番乗りで並んでた。

 

 5分くらい経った。そこに女がやってきた。女は線を無視して、しかし私の右隣にピタリとついて並んでいた。この女は何のつもりだろう。 不可思議な気持ちで満ち満ちながらもスマートフォンを弄って、電車を待つ。

 

 しばらく経つと、右後方に別の女の姿を捉えた。振り返って確認すると、確かに新規の女がいた。右隣の不可思議な女の後ろに、何食わぬ顔で並んでいる。

 

 何故だ。目印の線は私の前に引かれているのだぞ。こいつらには見えぬのか。

 

 私は気持ち半歩後方に下がった。ほら、線を見ろ。ここにあるぞ。ほれ、見ろ見ろ。線はここだ。

 

 その後も来る人来る人、私の後ろではなく、皆右隣の女を先頭にして並んでいく。こうなってくるともう、おかしいのは独りぽつんと立ってる私なのではないかと思えてくる。周りの方こそ、私に対する不可思議な気持ちで満ち満ちているのかも知れない。

 

 やっと電車がやってきた。大量の人が電車から流れ降りてくる。ここは階段近くのドアだ。最も混み合うスポットである。

 

 そんなのお構い無しと言わんばかりに、大量の人員の先頭に並ぶ右隣の女は、人の流れに逆らって一目散に車両に飛び込んだ。

 

 「ずるい!」私も女の後を追いたい衝動に駆られた。しかし、自分の頭の中に勝手に流れる「降りるお客様を先にお通し下さい」のアナウンスを無視出来ず、モヤモヤする気持ちを抑えながら最後まで待った。客が揉みくちゃになりながら降りてくるのを、時折ぶつかりそうになりながらも、じっと待った。

 

 やっと車両の中に滑り込み、空いている席を探して見渡してみたが、全て埋まってしまっていた。例の女は、呑気にスマートフォンを弄って一息ついている。

 

 順番なんて関係ないのか。ルールは破るものなのか。他人を気遣う精神を忘れているのか。

 

 席に座って一息つけるのが勝ちだとするなら、悔しいが右隣に並んでいた女の優勝である。彼女こそが、正義である。

 

 白旗を持たされた腕をだらしなく垂らし、私は別車両を目指してトボトボと歩みを進めた。

 

 あの女が正義なわけがあるか。あの女に天罰が下りますように。神様頼みますぞ。先にルールを破ったのはあの女です。私に白旗を上げる理由はございません。どうかあの女に天罰を。周りを惑わし、私をおかしな奴に仕立てあげたあのクソ女に。どうか、どうか。

 

 

世界の一片に彼がいる

 

 「ピコピコ!」LINEの通知が鳴る。すぐに返信するのは面倒なので、スマートフォンのホームボタンを押し、誰からの連絡なのかだけ確認する。バイト先からであった。内容は、シフト交代依頼のものらしい。

 未だにシフト交代をするたびに、私はかつての恋人を思い出す。彼は、アルバイト先で出会った先輩だった。

 

 憧れの先輩と恋をした

 仕事が出来て上司からも信頼されていた彼は、当時一番の新人で失敗ばかりの私にとっての憧れだった。厳しいことを言うし、何を考えているかわからないし、怖いと思っていたところも正直あった。しかしそんな彼からいきなり食事に誘われた。天高らかにガッツポーズを突き上げる自分と、単に個人呼び出しで説教されるんじゃないかという恐怖心にビクつく自分がいたが、蓋を開けてみればそれはたちまち素敵な彼との初デートの思い出となった。年上の男性とレストランで食事をしてご馳走になるなんてと、それだけでも大人になった気がしていた、子どもな私であった。とても舞い上がった。手を繋ぐより先にキスをした自分が、大人の恋愛をしているんじゃないかと思った。バイト先の同僚、後輩達にも気難しい人とされているその人が、今自分の前で、ぶきっちょな笑顔を見せている。自分だけしか知らない世界を垣間見ている背徳感に、呆れるほどに酔いしれた。

 

 彼との大きな喧嘩

 彼と付き合って数ヶ月。私はいつまで経っても新人だった。待望の、次なる新人が入ってこない。しかし先輩達に可愛がられて、何とかやっていた。彼に唯一文句を言えるのが新人の私という事に対し、散々いじられたりもしていたが、それでも誰一人として私と彼の関係に気づいていなかった。

 彼との関係も良好に月日は流れていった。私の大抵のわがままも、彼がきいてくれていたからだ。しかし、そんな彼と私は大げんかをした。

 ある月、バイト先のLINEではシフト交代依頼が頻繁に飛び交っていた。みんな学生であるが故、各々事情があった筈だ。私はその時大学1回生。皆さんよりは些か進路に余裕があったし、何より一番後輩であったこともあり、自分が先輩方のために尽力を尽くさなくてはと思った。片っ端から、可能な限りシフト交代の依頼を受けることにした。それに、彼は怒ったのだ。

 

 「君は馬鹿なのか」

 私が覚えている限りの、彼の言い分はこうだ。

 そんなにバカみたいにシフトに入って、君は馬鹿なのか。計画性がないのか?これじゃ君の休みがなくなるじゃないか。新人の君がむやみやたらにシフトのカバーに入ろうとしても、体調を崩してもっと周りの人に迷惑をかけることになるかもしれないんだぞ。いいか。君が苦しまなくても、シフトの変更を依頼することになったそいつらの管理能力不足が招いた事態なんだから、そいつらが苦しむべきなんだ。自己責任ってやつだ。君がいまそうやって甘くすると、味をしめてまた君にすがってくる。悪循環だ。こうゆうことはやめろ。無視しろ。君が困っていても、そいつらはどうせ無視する。そういう奴等だ。

 

 彼への尊敬心が消え失せた

 この言葉を、バイトの帰り道に直接言われた。その時私がどういう行動に出たのかは思い出せないが、悲しみと怒りと、いろんな感情がぶわっと込み上げてきたことだけは生々しく覚えている。「この人は何を言っているんだ?」とも思った。私は彼とその後もお付き合いを続けることにはなるのだが、今思えばこの時すでに私の彼への気持ちは、帰り道に置いてきてしまっていたのだろう。

 冷めた。私の彼への尊敬心、恋心も勿論。彼は一体どういう人間なのか、見失ってしまった。私にはわからなかった。彼の考えが、到底理解できなかった。

 私の苦しみとは何なのか。彼は私の肉体的苦痛を案じてくれたようであったが、私には困っている先輩方を見ないフリして手を差し伸べなかったに対する罪悪感の念を抱くことになるという精神的苦痛の方が、よっぽど苦しく思えた。彼の言葉が、わからなかった。

 

 当時の彼と同じ年齢になった今

 今、彼と同じ歳になってみて思えるのは、彼の性格上、あれは本当に私のことを案じての言葉だったのだと思う。まあ言葉の8割くらいは本心なんだろうが。

 彼の言葉通り、その後シフト交代の依頼は真っ先に私の元へ回ってくるようになっていたし、私の変更の時、みんながみんな快く引き受けてはくれなかった。休みがなさすぎて体調を崩したこともあった。実際問題、彼の言葉は的中しまくりだった。しかしその度に彼のことを思い出し、「ほら、だから言ったじゃん」等と死んでも言われてたまるかと自分を鼓舞して頑張った。認めたら負けという、よくわからないポリシーが当時はあった。

 彼は大人だった。私よりたくさんの経験をし、広い世界を知っていた。対して私は子どもだった。大人の彼について行って、大人になった気でいたただの子どもだった。

  そんな私のことを「優しいところが素敵だよ」と讃えてくれる人もいる。認めてくれる人もいる。私の考えを馬鹿と一層せず、尊重してくれる世界がある。

 私は今、あの時より少し広い世界を見ている。彼が世界の全てではない。ほんの一片を見せてくれた、ただそれだけである。

 

 数年越しに響いています

 先程のLINEの連絡に対し、シフト交代の日にちを確認し、他に代われそうな人間がいないことを確認してから「その日空いてるから代わりに入るよ」とグループラインにメッセージを送る。

 後輩から「ありがとうございます」のメッセージと可愛い、スタンプが送られてきた。

 今では私もバイトの古株だ。可愛い後輩のために甘やかしてしまう先輩になりつつある気がしなくもないが、今でもそこはやっぱり精神の安定を守りたかった。

 ただ、他にも代わってくれそうな人がいそうな時には周りの出方を見て、それで出てくるのであれば私は休んで自宅でのんびりしようと考えるようにはなった。この瞬間、今でも私は彼のことをふと思い出してしまうのである。

 

【創作小説】ホタルブクロ 1

 

 「ねえ知ってた?太宰ってペンネームらしいよ」海堂が勝手に俺の本を手に取って、今しがた得た知識をひけらかす。

 「まじか」「確かにかっこよすぎるよな太宰って名前」スマホをいじりながら小藪と猪狩が答えた。

 「文豪って大体かっこいい名前してね?平凡な名前の文豪はそんなにいねえよ」

  海堂よ、お前は文豪の名前をそんなに知っているのか。

 「ん、お前そんなに文豪詳しいの?」小藪が俺の心の声を代弁してくれた。

 「いや、全く。そこはやっぱり青木が専門だろ」海堂が俺に雑なパスを投げて来た。

 「いやいや、俺もそこまで詳しくないぞ。嗜むのは太宰作品ばかりだ」

 「よ!オサムニスト青木」

 「うまくねえんだよ馬鹿。お前も太宰読んでセンス磨け」

 「大丈夫、俺のバイブルは銀魂だ。他は必要無い」

 「銀魂はいいよな…」

 「うん、俺たちにたくさんのことを銀魂は教えてくれた…」

 「...せやな」俺も思わず同意を示してしまった。

 

大学の近くの、小さな路地の奥のところ。日は当たらず、絶対営業してないだろうと思わしきこの風貌の箱こそが、俺たちの入り浸る純喫茶『ホタルブクロ』である。日陰者の俺にはぴったりの穴場スポットだ。客が10人も入らないくらいの小さな店だが、狭いくらいが俺は落ち着いた。店の名前が変なところもそうであるが、純喫茶と言いながら生姜焼き定食が抜群に美味かったりするところ、その料理の過程で親父さんがビール瓶片手にほろ酔いで作っちゃうところ、俺たち以外に全く客が来ないところも、俺のツボである。

 ちょっと前までは俺ひとりで本を読んだり、親父とテレビに映る政治家に野次を飛ばすことしかしていなかったのに、いつの間にか海堂、小藪、猪狩も一緒になってテレビに向かって中指を立てていた。まじでこいつらはいつ、どこから湧いてきたのだろうか。

 

     💡💡💡💡

 

 「でさ文豪の話に戻るんだけど、みんなどれくらい知ってるもんなの」海堂が蒸し返す。

 「夏目漱石、芥川…う〜ん、言われてみればあんまり出てこないね」小藪が苦しみ出す。

 「今まで国語の授業でどんなの読んで来たか思い出してみ」俺が助け舟を出す。

 「わかった!李徴だ!トラに変身するやつだ!!」猪狩が興奮気味に俺たちに訴えかける。

 「お!『山月記』か!懐かしい!」海堂は、記憶力が良い男であった。

 「え?どんなんだっけ」小藪は記憶に無いらしい。

 「まじか小藪、記憶障害か。ちょっとそこで見とけ」猪狩が小藪に声をかけると、海堂と猪狩の即興芝居が始まった。

 「そっ、その声は、我が友、李徴子ではないか…!?」

 「ぐずっ…うっ…いかにもわたしが李徴である。往年の自尊心をズタボロに傷つけられたポエマー、李徴である…」

 おい、ポエマーてなんだ。恋する気持ちを140字に載せちゃう女子高生か。

 「あーーー!思い出した!!俺もそうやってみんなで真似して遊んでたわ!」どうやら小藪は無事、過去の記憶を取り戻したらしい。おめでとう。

 「やっぱり?誰しもが通る道だよな!」猪狩がトラのポーズで喜んでいる。そのまま森にでもかえってしまえ、うるせえ。

 台詞の正確さはともかくとして、確かに休み時間に学友と『山月記』コントにのめり込んでいたであろうと思われるクオリティではあった。

 

 「ということで中島敦、これで文豪三人目だな」

 「なあでも中島敦は普通じゃね、中島なんてその辺にもいるわ」

 「敦もどこにでもいるよな。俺らの名前の方が珍しくね?」

 「海堂、小藪、猪狩、青木…。まあ、青木は普通か」

 「確かに!わはは!」

 「うるせえ、ほっとけ」全く失礼な奴らである。

 

 そうなのだ。俺以外の三人は、みんなキラキラしているのだ。海堂はその端整なルックスから学内に留まらず女子から絶大な人気を誇っており、小藪も小藪で控えめながらも優しく爽やかな対応が女子からの人気を呼んだ。猪狩はアホの子であるがクラスの誰からも好かれていて、いつも三人はみんなの輪の中にいた。なぜ大学では浮いた存在の俺なんかと、こんな汚いジメジメした場所でこいつらがたむろって居るのか。時折我に返って思い出そうと試みるものの、いつもこいつらのペースに巻き込まれ、結局有耶無耶にされてしまうのだった。

 

【創作小説】「無題」

 

 嗚呼。わたしは、この人と恋に落ちるんだわ。

 

 初めて会ったその瞬間、わたしは確信しました。この背の高いすらっとした、少し頼りなさそうな薄ら笑いを浮かべる猫背の青年と、わたしはこれから恋に落ちる。なにやらそんな予感がいたしました。

 

 わたしは大学進学のために、実家の青森から上京して来ました。入学したのは都内の女子大学でしたが、大学には周辺の他大学とのインカレサークルが幾つか存在しました。これまで人間関係を築くことが得意でなかったわたくしでしたが、これを好機にと意を決し、サークルの類に参加してみることにしたのです。

 勿論ひとりでの参加なら不可能だったでしょう。入学して日は浅かったものの、わたくしはSNSを介して、友人とまではいかなくとも数人の知人を作ることに成功しました。そのひとりが、同じく青森から上京して来た智恵でした。

 智恵は高校生の時にテニスをしていたそうで、大学でもまたテニスがしたいと言いました。わたしは楽に楽しく過ごせればどこでもいいと考えていたため、部活より気楽に参加できそうな、テニスのインカレサークルのイベントに、ふたりで参加してみることにしました。

 その智恵と初めて会ったのは、先輩に恋に落ちるほんの数十分前でした。

 

くりくりとした大きな目にふわふわの髪の毛。小さい背丈に、ひまわりが咲いたかのようにとびきり明るい笑顔の、愛くるしい女性。それが智恵でした。女のわたしから見ても、彼女はとても魅力的な女性のように思われました。こういう女の子が、ミスコンの類のイベントに参加できるんだろうなと、自分の大学にミスコン制度なんぞ無いくせに勝手に考え、勝手に納得していました。同じ県出身ということもあり、初対面にも関わらず、わたしは智恵に対し妙な親近感を抱いていました。

「わあ若干緊張しでらんだばって」とわたしが不安を漏らすと、「大丈夫だって!とりあえずわたしもいるし!」と頼もしそうに、標準語で智恵は答えました。

「あら?なんも訛ってねえぢゃん」「うん。わたしの地域は訛りがないんだ、そっちは随分と強いんだね」「訛りの根源地だはんでさ」「それは強い」

 

 自分の方言の強さに不安を覚えながらも、気さくに接してくれる智恵との会話を楽しみながら、人混みをかき分け、駅構内を歩いていきました。そして大船駅の南改札を出て左斜め、ルミネの入り口あたりに大学生と思しき団体が群れをなしていることを確認しました。これから江ノ島に行くことがそんなに楽しみなのか、小学生のように駅の構内を追いかけっこしている頭の悪そうな男子学生もいました。これがうぇい系か。関わらないようにせねば、と警戒心を抱きつつ、それを遠くから横目で見ていたお姉さんに、わたしと智恵は話しかけました。

 「こんにちは。申し込みをしました智恵っていいます!もう一人連れてくると言っていた子が、この子です。」と、智恵はわたしに向かって両手をひらひらとさせています。「はじめまして、未咲といいます」癖がすごいイントネーションのわたしが続けて軽く自己紹介。

 「お!ようこそ我がサークルへ!智恵ちゃんに、未咲ちゃんね。よろしく!わたしはサークル幹部の3年生、阿部春香。まだ全員集合してないから、こっちでお喋りしてようよ」

 

 明るい阿部さんに率いられ、わたしたちはサークルの先輩方と暫くの間、談笑にふけっていました。その中で、わたしの方言やらイントネーションがみなさんの食いつきの対象となりましたが、こんなんで話の場が盛り上がってくれるなら、こんなに楽なことはないと、お得に思えて来ました。なかなか消えない芋くさい方言、万歳。

 

 そんな呑気なことを考えていたのは、先輩に恋に落ちる、ほんの数分前でした。

 

太宰治『燈籠』感想

 

太宰の作品の特徴の一つとしてよく挙げられるのが女性の語り口調で物語が進行していく「女性独白体」という技法なのですが、それが彼の作品の中で初めて用いられたのがこの『燈籠』なのだそうです。文庫サイズにして10ページ程の短編でございます。

 

語りの主は、貧しい下駄屋の一人娘さき子(24歳)。物語は「言えば言うほど、人は私を信じて呉れません。」の一文から始まり、「もう、どこへも行きたくなりました。」等と言うネガティブ展開。どうした、お前の身に一体何が起こったのだ。と、胸がザワザワしていく最中、インパクト十分なこの一言が目に飛び込む。ー「盗みをいたしました。」

 

『燈籠』の大体の内容

さき子は自分より5歳年下の商業高校生水野に恋をする。ある夜、水野が友達と海に行くのに打ちしおれていたのを見かね、さき子は盗みをはたらく。男の海水着を一枚盗むのだ。捕まり、交番へ連れていかれたさき子は自分は悪くないと、必死の弁解を試みる。精神病者と思われる程の必死さには、おまわりさんもびっくりである。その後、無事親元へと返して貰えたさき子であったが、夕刊に「万引きにも三分の理、変質の左翼少女滔々と美辞麗句」という見出しで、自分の記事が載ってしまう。さらに追い討ちをかけるように、水野から読後かならず焼却のことと書かれた手紙を貰う。

 

燈籠どころか闇を感じる展開

燈籠要素はどこかと言えば、物語の最後の場面である。恋により、一時は家族より恋を優先し暴走してしまったさき子であったが、それでも家族団欒の風景には代わりない。6畳間の電球を明るいものに取りかえ、夕食をいただく光景に「私たちのしあわせは、所詮こんな、お部屋の電球を変えることくらいのものなのだ」と自分に言い聞かせる場面があるが、さき子のその心は決してわびしい訳ではなく、静かなよろこびが胸に込み上げていた。

 

「恋は盲目」

純粋に読後わたしが真っ先に思った感想がこちら。

ネガティブ感情待ったなし。さき子の恋が本当に典型的であったと思いますが、恋は誠に盲目です。しかもさき子と水野の馴れ初めは、互いに目を患って通っていた眼下の待合室から始まっています。「恋は盲目」のキャッチフレーズ、なかなかいけてるんじゃないんでしょうか(自画自賛)。しかも両者左目を患い、同じく眼帯をつけていた…。たまたまとはいえ、こんな偶然って...。これは確実にラブコメの神がフラグを立てにきているでしょう。ずるい。

 

なにより水野も水野である。「私(さき子)と一緒に散歩などをしているときだけが、たのしい」とか抜かしてくる…。控えめに言っても可愛すぎないか。これにはお姉様方は母性本能くすぐられちゃうでしょう。少なくともわたしは尽くしたくなっちゃいました。

 

まあわたしは年上派ですけど

ともあれ恋に夢中になりすぎて善悪の判断もつかなくなってしまうのは良くありません。総合的にみて、さき子が犯した罪は「悪」になってしまいます。法に触れてしまえば一発アウトです。初読、水野の手紙を読んでいてわたしは「水野てめえ」の思いでいっぱいでしたが、何度か読み返して咀嚼するうちに、水野があそこでさき子を突き放し、目覚めさせてくれたことは結果的に良かったのだと思うようになりました。

 

周囲からの冷ややかな視線に屈することなく、さき子一家が家族団欒の燈籠を灯し続けていけますようにと願わんばかりです。

 

今は両親が自分の家族でいてくれているさき子ですが、いずれ結婚をして、新たな家族を作る時がきっと来ます。その時には盲目になりすぎず、でもその母性溢れる優しさは残しつつ、素敵な人と結ばれてほしいものです。わたしも人のこと言えませんが...。

 

『燈籠』を読んでみたくなったという方は、青空文庫のサイトに本文が載っているので、こちらのリンクからどうぞ。太宰治 燈籠

 

また、書籍では『きりぎりす』という短編集に『燈籠』も収録されていますので、お手に取りたい方はこちらのリンクからどうぞ。大抵書店にも、文庫の新潮社さんの棚に置いてあるはずです。きりぎりす (新潮文庫) | 太宰 治 |本 | 通販 | Amazon

 

 

祭りの季節

 

 車の窓にピタリと虫がくっついてきた。あいも変わらず気持ち悪い。360度どこからどう見ても気持ち悪いが、裏っ側は一際気色が悪い。車の走力に負けず、ツルツルしていて踏ん張りが利かないであろうウインドウにへばりついているその根性にすらも吐き気がする。わたしは虫がとにかく大嫌いだ。

 

よく虫は遥か彼方より地球上のどの生物よりも長く生存し、今後地球に隕石が衝突しようとも生き残っているのもまた虫であると言われている。いずれ人間は虫を食べて暮らして行かねばならぬことになるとせっせせっせと虫料理なるものを開発している。それを得意顔で喰っている日本人をTVショーで見てしまった日にはこの先の将来が不安になり、虫を喰らうくらいならいっそのこと早く死んでしまいたいという願望が、わたしの中で強まったものだ。

 

わたし以外にも虫の根絶を願う人間は多く、むしろそれを願う者はマジョリティにあたるのではないかと思う。「しらべえ」というサイトの調べでは、虫を触れない20代男子は8割だとするデータが確認できる。「男なら触れて当然!」のような風潮は今ではすっかり廃れてしまった。いや、そもそも昔から実は男子も虫が苦手だったのではないだろうか。


このように、我々人類の多くが虫に対し嫌悪感ないしは恐怖心を抱くのには、もしかしたら遺伝子レベルで何かしらのトラブルがあったからなのかもしれない。

 

車の外の生命力の凄い虫を横目に、今度は車内で羽蟻のような、小さな飛ぶ虫に出くわした。そのくらいに小さな虫に対しての恐怖心は微塵もなく、ここぞとばかりにわたしは平手で生命を潰しにかかる。ここでこいつを見逃してしまっては、今後わたし以外の人間のところへ飛んでいき驚かせてしまうやもしれん。もしかしたら子孫繁栄に勤しんでしまうやもしれん。いずれにせよ、ここで仕留めねばえらいことになる。わたしは殺れそうな虫ならば、躊躇いなどしない。道徳の学習指導要領に書かれている生命を尊ぶ何ぞという項目よりも、伝染病を運んで来るやもしれぬ虫を、わたしは公共の福祉のもとに殺すのだ。そうだ、別してわたしに道徳心がないわけではないのだ。

 

お天道様が笑っている。別して非道徳な行いをしているわけではない、公共の福祉のために虫と戦うわたしをジリジリと照らしている。同じくして、わたしを嘲笑わんばかりにひらりと指と指の間を掻い潜り、空中を浮遊する虫が現れた。小賢しい。さっさと潰されてしまえ。

 

ぱちん!顔の前でいただきますのポーズを取る。前席の背もたれ部分を2度叩き、左の内側ウインドウを軽く1度叩く。わたしの動きが生み出す風圧を上手く利用し、ひらりひらりと交わし続ける虫の動きがなんだか身軽で、余計に腹が立つ。今度こそぶちのめしてやる。そこを動くな。待っておれ。

 

数度目の正直といったところか、程なくして虫は生き絶えた。1度の衝撃ではめげなかったため、何度もウインドウのふちの部分を器用に使いながら擦り潰してやった。正直その虫には何もされていない。ただ、わたしの前に現れたというだけであった。虫にカテゴライズされていただけであって、その目の前にゴマ粒のように縮こまった元生命体は、どこぞの虫のように人を刺して死に至らしめる事も無ければ、血を吸って代わりに痒くする分泌液を体内に注入したりするものではなかった。少なくとも、目の前のすり潰された元生命体には、何の非もなかった。躊躇せず仕末をするものの、こうした後の祭りになることはもう恒例行事である。もう、心底面倒くさい。

 

ご先祖様すみません。我々人類は、虫に屈しそうです。そしてわたしはというと、虫と戦うメンタルも無ければ脳もないため、ここにありったけの虫に対する悪口を書きまくった後、何かしらの方法で命を断ってしまいたいと思います。本当に虫が気持ち悪いです。

 

ただ、ギリギリまでは粘りたいと思います。死ぬる勇気も今のところは持ち合わせておりません。姑息ながらも自分が勝てると思った生命体を捻り潰し、わずかな抵抗力を見せ、そうして後の祭りで賑わうことを繰り返しながら、潮時を待ちわびていることに致します。

 

姿が見えない

 

自分自身が不慮の事故で死んでしまったという事実に気付かず、生前同様普段通りに生活するものの、ふと鏡の前に立って見たら自分の姿が映っておらず、そこで初めて自分の身に何が起きたのかを把握しちゃうような、そんなお話、あるあるですよね。

 

先程、駅にてエスカレーターを下っている最中、前方に広告看板を見つけまして、それが反射するような素材だったものですから、身なりに自信のないわたしはナルシストと勘違いされるリスクを背負いつつ、広告看板の前を通り過ぎる時に身なりをチェックをしてやろうと、広告看板の前の通過を待ちました。

 

巻いた髪の毛は湿気に負けていないか。ズボンの丈はこれであってるものか。高鳴る鼓動と降るエスカレーター。テカる広告看板は、もうすぐ目の前。

 

通り過ぎた。が、わたしの姿が見当たりません。

 

そんなはずは無いとわたしも思いたい。しかし、本当に見えなかったのです。前に立っていた2人組のギャルは映っていたし、反対から昇ってくるおじさんの残念な頭頂部までくっきりはっきりと、その広告看板には映っていました。

 

怖い。もしかしたら自分はいつの間にかこの世のものでは無くなっていたのか。恐怖に耐えかねてわたしはこの滞っていたブログの更新へと踏み切った次第であります。電車でパチパチとキーボードを叩いているわたしを疎ましいような目で見てくる乗客もいることなので、安堵感はグングン上昇中です。もっとわたしを見てほしい。存在証明は、あなたの視線です。

 

しかしながらあの不思議な出来事は何だったのでしょう。今は液晶画面に自分の姿をはっきりととらえられていますし、反射する電車の窓にも不細工なわたしを確認しました。

 

単に存在感が無さすぎたが故の現象ではないかしらん。と、自虐的結論に落ち着くことでしか、心の平穏は保てないと思うので、そうさせていただこうと思います。それとも本当にただの目の不調かしらん。自分の身体のことでさえも、不思議でいっぱい。